「アテネ・スパルタの奴隷」気になるヨーロッパの歴史・・・その5
ギリシア市民は早くから奴隷を所有して、農耕・鉱山労働・土木工事などに使役していました。
前四三一年に、アテネ市民(両親がアテネ生まれの成年男子)三万五千人(全人口の一四%)に対して、奴隷は十万人(同四三%)でした。
スパルタでは、前四世紀前半、千五百~二千人の完全市民が、ペリオイコイ(半自由民)二万人・ヘイロタイ(ヘロット、隷農)五万人を支配していたという。
市民は厳格な軍事組織に編成され、市民の男児は幼時から厳しい軍事教育(スパルタ式教育)を受けました。
そうでなければ頻発するヘイロタイの反乱に対処できなかったのです。
「奴隷は生きた財産です。
……奴隷と家畜の用途は大差がありません。
なぜならばどちらも肉体によつて人生の必要に奉仕するものだから」とは、古代ギリシアが生んだ最高級の哲学者アリストテレス(前=天四~前三二二)の言葉です(『政治学』)。