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2010年05月 アーカイブ

「ヘレニズム時代」気になるヨーロッパの歴史・・・その2

アレクサンドロス大王は、ポリス政治ではなくオリエント的専制政治を展開したため、経済.文化の中心は東方に移り、ギリシア本土は人ロも減ってさびれました。

一方で大王は東西文明の融合という理想を掲げたため、独自の文化・思潮も生まれました。

大王がバビロンで急死して三十二歳余の生涯を閉じると、その後継者(ディアドコイ)たちによる抗争ののち、大帝国はマケドニア(アンティゴノス朝)・シリア(セレウコス朝)・エジプト(プトレマイオス朝)の三国に分裂したが、いずれもギリシア人が支配する専制国家であった。

三国は、西方から台頭してきたイタリア半島のローマに対する備えや団結を怠ったため、相次いでローマに滅ぼされた(前一四六~前三〇)。

アレクサンドロスの東方遠征に始まり、プトレマイオス朝エジプトの滅亡(前三〇)にいたる約三世紀間をヘレニズム時代というが、このように命名してこの時代の歴史的意義を積極的に評価したのは、ドイッの歴史家ド・イゼン(天〇八~八四)でした。

「都市国家ローマの拡大」気になるヨーロッパの歴史・・・その1

前十二世紀頃、印欧語系のイタリキ(古代イタリア人)がイタリア半島を南下したが、そのうちティベル川下流域を占めたのがラティニ(ラテン人)でした。

彼らは先住のエトルリア人(民族系統不明)の支配を受けていたが、前六世紀末にエトルリアの王を追放して共和政となりました。

すでにバトリーキー(貴族)とプレブス(平民)に分裂していたが、コンスル(統領)を頂点とする政務官職(任期一年で全ポストに複数任命)と元老院(貴族出身の終身議員)は、貴族が独占していた。

やがて国防の中心が騎兵から平民の重装歩兵に移ると、貴族と平民の身分闘争が始まりました。

前五世紀初めの護民官(十人)の設置、十二表法の制定(前五世紀半ば。最初の成文法)からリキニウス=セクスティウス法(前四世紀)。

コンスルの一人を平民から選出し、土地所有に上限を定めたもの)を経て、ホルテンシウス法(前三世紀。平民会の決議が元老院の承認なしに国法となる)によって、いわば平民の勝利として終結しました。

しかし、「平民の勝利」も、一面では貴族と一部富裕平民の結びつきで彼らに有利になっており、富裕平民はノビリタス(新貴族)と呼ばれる新しい支配層をつくっていました。

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