家庭の看護 5

愛する者を亡くした家族は、葬式の直後などには家庭の整理や対外的なさまざまな整理、あいさつ回りなど日常の生活に追われて、何日かを夢中ですごすごとが多いのです。


しかし、いよいよ1週間、2週間、1ヵ月と経過すると、後に残された者に襲ってくるさびしさ、やるせなさには想像できないようなことがあります。


このような心境は、これを経験した人でないとなかなか理解できないものです。


そのような場合に、どうすれば残された者の心の悲しみが慰められるでしょうか。


ただ悲しいから、その悲しい体験を忘れさせるようにというのではなくて、よき思い出を上手に心のなかにもたせるように、周囲の者が配慮することが望ましいのではないかと思います。


孤独になった者が生きがいを感じるために、どのような仕事をし、どのような趣味をもち、どのような人々との交わりをもつことがよいかということを周囲の者が考えてあげるべきです。


コミュニティの者がそのような残された遺族に対して援助の手を差しのべることをすべきではないかと思います。

また、その愛する者の世話をしてきた看護師やソーシャルワーカー、ボランティアなどが引き続きフォローアップして、その悲しい、さびしい生活に対する援助の手を差しのべることはひじょうに効果的であると思います。

家庭の看護 4

人工肛門や人工膀胱をつくったり、喉頭を切除して声を失ったりしたような場合、患者や家族の友の会などで、生活上のアドバイスをもらったり励まし合ったりするのも心強いでしょう。


いずれの方法でも、病状によって根治的になるか、姑息的(症状の緩和)なものになるかは変わってきます。


また化学療法や放射線療法では治療効果を期待するには一定の量が必要です。


その計画された1セットをこなすことができるかどうかは重要なカギになります。


けれども副作用のあらわれかたには個人差があって、ある人はなんとか乗り越えられても、ある人は障害が強すぎて計画を一時休まざるを得ないということもあります。


治療のこと、将来のことなどの悩みで心理的に不安定になっていると副作用も強く出がちです。


病気や治療などの疑問がある場合には一人で悩んでいないで主治医や病棟の看護婦に遠慮なく、納得のいくまで聞いて下さい。


残された家族の問題長年連れ添った配偶者を失ったお年寄り、ただ一人の子どもを白血病で失ったような若い夫婦、自分の老後を世話してくれると信じていた娘を失ってひとり暮らしになったお年寄りなど。


このような人々が生き残って生活する場合、彼らを悲しみから救い、援助することはきわめて必要なことです。


しかし、日本では、このような場合のお年寄りや家族への対策はあまり十分にされていません。


これも大きな問題です。

家庭の看護 3

放射線治療は、放射線によって、がんの細胞の核酸(DNA)に損傷を与えて死滅させるのですが、周囲の正常な細胞にも障害を及ぼします。


放射線の照射そのものは苦痛を与えませんが、照射中は動かないようにしていなければなりませんので、患者の協力が必要です。


マイクをとおして話はできますが、治療室のベッドに1人でいなければならないのです。


治療の開始前に照身寸の位置や深さなどが測定され、印がつけられます。


この部位は照射によって皮膚が弱くなっていますので、さわったり衣類でこすれないよう注意して下さい。


また石けん、ばんそうこう、パウダー、クリームなどは放射線量を変化させますからっけてはいけません。


放射線照射によっても化学療法の場合と同じように吐き気、食欲不振、血球の減少、頭髪の脱毛などの副作用が起こります。


外科治療(手術)手術はがんの組織を直接切りとってしまうことができますが、一方組織をとってしまうがために起こってくる問題もあります。


たとえば胃を全部とってしまうと、術後に食事のとりかたに工夫が必要となります。


また乳房や子宮などをとってしまう場合には女性である本人にとって精神的に大きな苦痛です。


家庭の看護 2

食べることを強要しますとかえって食欲が落ちてしまいますから、好みのものや目先の変わったもので上手にすすめたいものです。


病棟の看護婦と相談して差し入れをするのもいいでしょう。


水分は十分にすすめて下さい。


口のなかの粘膜も弱くなって、口内炎や潰瘍を起こしやすくなります。


食べものがしみてますます食事が進まなくなることもありますから、やわらかい歯ブラシを使って傷つけないようにしたり、うがいをして口のなかをきれいにしておくことは大切です。


血液のなかの血球も細胞ですから、破壊されて白血球や赤血球の数が減ってくることもあります。


感染に対する抵抗力が低下したり、貧血になったりします。


家族や見舞い客がかぜなどをうつさないようにする注意が必要です。


最近免疫療法が注目されています。


効果についてはまだ結論の出ていないものもありますので、使用については主治医とよく相談して下さい。

家庭の看護

がん患者は、病名を告げられている場合、いつも再発のことが頭のすみにあって、その不安はとても強烈であるといわれます。


このためにとても心が揺れ動いて、周囲の人たちはおろおろしてしまいがちです。


こんなとき、心のなかの不安や怒りなどの気持ちを吐きだせたらすこしは楽になるのではないでしょうか。


自分の苦しみを聞いてほしいのに誰もつきあってくれないということは、とてもさみしくて孤独感を味わうことになります。


考えていることや感じていることを聞いてあげることは、その人にとってとても大きな支えになるのです。


そして話を聞いている過程で、自分も苦しくなってしまったり、気持ちが混乱したりしてきたら、友人に聞いてもらったり、カウンセラーなどの専門家に整理してもらうと楽になるでしょう。


学療法(抗がん剤)化学物質によってがん細胞の分裂を阻止したり破壊する方法で、静脈注射や経ll投与で多種類の薬の併用がなされます。


がん細胞だけではなく、正常な細胞にも影響しますので、多かれ少なかれ副作川が出ます。


もっとも多い問題は、吐き気がしたり食欲がなくなってしまうことです。

「都市国家ローマの拡大」気になるヨーロッパの歴史・・・その3

ローマに敵対したラティニ都市同盟と戦ってラティウム地方を平定した(払別三五八上削三三八)。

このとき、ラティニ系都市にはママの完全市民権を与えて植民市とし、それ以外には不完全な市民権を与えて自治市とした。

完全市民権とは、ローマの民会に出席すれば投票権を行使できるものであり、不完全喪権とは、投票権ないが、ローマ市民と同様に通婚、通商できるものである。

そのほか有力なラティニ都市とは個別に条約を結んで、同盟市としました。

ギーーシアの場合は市民権がきわめて閉鎖的であった(四五頁参照)のに対し、ローマが開放的な市民叢策を試みたことは大変轟な点です。

以上のように、市民共同体の外への拡大(植民)・ローマ市民団の契(市民権賦与)、市民権の等級付けと同盟政策(分割統治)、この三点こそ、都市国家ローマからローマ帝国に発辱る基本的要素でした。

さらに前二七二年には、南イタリアのギリシア人植民市タレントゥムを攻略して、ほぼイタリア半島を統一しました。

「都市国家ローマの拡大」気になるヨーロッパの歴史・・・その2

最初はギリシアと同様なポリス(都市国家)として出発したローマが、やがて地中海世界にまたがる大帝国に発展するには、どのような理由があり、またどのような経過をたどったのでしょうか。

前三九六年、ローマはローマの北にあるエトルリア人の最も強力な都市国家ヴェイイを征服しました。

ここは、ローマ領とされ、ママと同じトリブス(区)が新設されて、土地割り当てを受けた農民が市民権をもったまま植民者として送り出された。

これこそ都市国家ローマの対外発展(領土の拡大)の第一歩でした。

「都市国家ローマの拡大」気になるヨーロッパの歴史・・・その1

前十二世紀頃、印欧語系のイタリキ(古代イタリア人)がイタリア半島を南下したが、そのうちティベル川下流域を占めたのがラティニ(ラテン人)でした。

彼らは先住のエトルリア人(民族系統不明)の支配を受けていたが、前六世紀末にエトルリアの王を追放して共和政となりました。

すでにバトリーキー(貴族)とプレブス(平民)に分裂していたが、コンスル(統領)を頂点とする政務官職(任期一年で全ポストに複数任命)と元老院(貴族出身の終身議員)は、貴族が独占していた。

やがて国防の中心が騎兵から平民の重装歩兵に移ると、貴族と平民の身分闘争が始まりました。

前五世紀初めの護民官(十人)の設置、十二表法の制定(前五世紀半ば。最初の成文法)からリキニウス=セクスティウス法(前四世紀)。

コンスルの一人を平民から選出し、土地所有に上限を定めたもの)を経て、ホルテンシウス法(前三世紀。平民会の決議が元老院の承認なしに国法となる)によって、いわば平民の勝利として終結しました。

しかし、「平民の勝利」も、一面では貴族と一部富裕平民の結びつきで彼らに有利になっており、富裕平民はノビリタス(新貴族)と呼ばれる新しい支配層をつくっていました。

「ヘレニズム時代」気になるヨーロッパの歴史・・・その2

アレクサンドロス大王は、ポリス政治ではなくオリエント的専制政治を展開したため、経済.文化の中心は東方に移り、ギリシア本土は人ロも減ってさびれました。

一方で大王は東西文明の融合という理想を掲げたため、独自の文化・思潮も生まれました。

大王がバビロンで急死して三十二歳余の生涯を閉じると、その後継者(ディアドコイ)たちによる抗争ののち、大帝国はマケドニア(アンティゴノス朝)・シリア(セレウコス朝)・エジプト(プトレマイオス朝)の三国に分裂したが、いずれもギリシア人が支配する専制国家であった。

三国は、西方から台頭してきたイタリア半島のローマに対する備えや団結を怠ったため、相次いでローマに滅ぼされた(前一四六~前三〇)。

アレクサンドロスの東方遠征に始まり、プトレマイオス朝エジプトの滅亡(前三〇)にいたる約三世紀間をヘレニズム時代というが、このように命名してこの時代の歴史的意義を積極的に評価したのは、ドイッの歴史家ド・イゼン(天〇八~八四)でした。

「ヘレニズム時代」気になるヨーロッパの歴史・・・その1

マケドニア王国は、ポリス体制をとらない新興国で、前四世紀後半、フィリッボスニ世のとき、諸ポリスを軍事的に打倒してギリシアを統一しました(カイロネイアの戦い前三一二八)。

フィリッボスが暗殺されて王位を継いだその子アレクサンドロス三世(大王位前三三六~前三二三)は、東方のペルシアへの遠征軍を率いて出発しました(前三三四)。

エジプトを手中にし、ペルシアを滅ぼして(前三三〇)さらに西北インドまで進み、西はギリシアから東はインダス河畔におよぶ大帝国を短期間に形成しました。

各地に都市を建設してアレクサンドリアと名付けました。

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